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心の強さ。


『心技体』とはよく言ったもので、

最近、この言葉の意味をよく考えさせられます。



いくらスキルや戦術があっても、
それを活かす身体がなければ成り立たないわけで。

はたまたいくらスキルや戦術やそれを活かす身体能力があっても
大舞台で自分の全てを出し切る心の強さがなければ
やはりそれは机上の空論、とでも言うべきでしょうか。
それとも、宝の持ち腐れ?とでも言うべきでしょうか。


心技体、どれが欠けても最高のパフォーマンスを発揮することは出来ない。

それは何もスポーツの現場に限ったことではないと思います。

仕事のプレゼンだってそう、試験だってそう。




今朝のニュースだったか、(うろ覚えですが)現代の20代の約8割が
『自殺したいと思ったことがある』

と答えたそうです。



誰にも辛いことはあるし、耐えられる強さも違います。

でも…


8割って多過ぎませんか!?


そりゃイシイだってここまでツラいコトたくさんありました。

でも、その時その時で何とか周りの人たちに支えられて
自分でだって歯ぁ喰いしばって這いつくばって来たんです。



お前が強いんだ、と言われたら全力で否定します。


イシイだって、一人引きこもってグズグズ泣いたことだってあります。
でもいつまでもそうやってたって何にも変わらない。

助けてほしいのなら自分でS.O.Sを発信しなければ誰も気付いてくれないんです。


それを最初から諦めてないか?


もしくは、

誰かは気付いてくれるんじゃないかとか
自分はこんなに頑張ったんだから相手が悪いんだとか



甘えてないか?



事実は一つしかない。

起こってしまったこと、やらなきゃならないこと。


だったらそれを、

自分が目指すべき道の先の実現の為に必要なんだ、と肯定するのか
こんな失敗どうしよう、とかやっても無駄だって、と否定するのか。



事実、その現実が目の前にあるのなら

それは自分が目指した未来のために必要なものなんだ、とイシイは思う。


必要か、無意味か。
決めるのは自分です。


自分の選んだ方法が正しかったと肯定出来るのは自分だけであって
否定からは否定しか生まれてこないと思うわけです。
(ここで言う『否定』とは『疑う』と別の意味です)


でも、自分を肯定し過ぎてもそこからは何も生まれてこない。


自分は頑張った、頑張っている。… 誰の評価?


何で自分は〇〇したいのに、△△なんだ … 〇〇は絶対的?





自己肯定からは周りから自分をシャットアウトするバリケードしか生まれない。


傷付くのが怖いから、否定はしないされたくない。



でも、傷付く痛みを知らなければ絶対に人間的に成長出来ない。





こんな打たれ弱い人格を作り出した社会の原因はどこにあるんだろう。
(みんながみんな打たれ弱いと言っているわけではないけれど)


やっぱり、生身の人間同士のコミュニケーションの減少が起こした産物なんでしょうか。



きちっと相手の目を見て話をする、聞く。
しっかり相手の目を見て自分の言葉で伝える、魅せる。




トレーナーや指導者に憧れる若い学生たちと接すると
スキルや知識は勿論なのだけど…

イシイはそこがいちばん重要なんじゃないかな、と思うわけです。


勿論、指導者に限ったことでもスポーツに限ったことでもないですけどね。




イシイは受け皿の大きい、心の広~い人間になりたいと切に願います
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  1. 2012/05/02(水) 20:18:57|
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