HOME         LESSON      TRAINER     PROFILE             MAIL                            

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『当たり前』じゃない感性。

『追いかける夢がある限り、人は精いっぱい生きることができる』




結構、ガツン、と衝撃受けました。
ろう者の女子サッカー選手のインタビュー記事に記載されていた言葉です。


彼女は、耳が聞こえない。
実は、イシイも片方の耳が聞こえない。
正確には聴覚が弱い。鼓膜の形成手術ももう三度、行ってきた結果です。
それでもなんら支障なく日常生活が送れているので健常者扱いで間違いない。


2009年9月、台湾で77の国と地域が参加した『デフリンピック』に日本からも12の競技に154名の選手が参加したそうです。
『デフ』とは聴覚障害を持つ人たちの意味。

この冒頭の言葉のモデルになったろう者女子サッカー選手の出場したデフリンピックでは選手全員が補聴器を外して競技にのぞまなくてはならないというルールがある。


音のない世界を、想像出来るだろうか。
片方が聞こえにくい、とかそういう問題じゃない。全く音のない世界。

イシイは、音のない世界にも『音』はあるんじゃないかって思うのです。
目で感じる『音』、心で感じる『音』。
耳に入ってくるものばかりが『音』とは限らないんじゃないかって。


見る、も同じ。

真っ暗闇の中で、『見える』ものってなんだろう。
『見える』のと『見る』のは違う。
見る、見えることが当たり前だと思っているうちは物事の確信に迫ることは難しいのでは、と思う。
目で見るもの、心で見るもの。感じるもの。


だから、言葉は悪いが健常者は常に感覚を研ぎ澄ませていないと目や耳よりも『心』が退化していってしまうような気がする。
それは今のトレーナーと言う職業にはものすごく重要な部分であるとイシイは思うわけで。


先日の『言葉力』に繋がるものがあると思います。

障害を持つ方々のことを障害者などと言うこともありますが、そういった方たちの方が私たちの何倍も感受性や言葉力が豊かなんじゃないかなと思うわけです。




今日、何となく生活してなかった?

同じ波は二度とない、とサーファーが言うように、『今日』という日も二度とないわけで。
選手にとっての『今日』も指導者にとっての『今日』も同じ24時間しかありません。

その中の僅かな限られた時間の有難みを忘れかけている人が多いんじゃないかな…
二度とない今日は、これまでにない『明日』にする必要があるわけで。
選手にとっての『二度とない今日』を指導者が台無しにしてしまってはいけない。



101008_073223.jpg



そのことを肝に銘じて選手に接して行こうと改めて感じさせてくれた、冒頭の言葉でした。
スポンサーサイト
  1. 2010/10/13(水) 04:36:29|
  2. HOME
  3. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。